イエス様を信じていても、告白できなかった人たち
ヨハネ12章39~43
:39 彼らが信じることができなかったのは、イザヤがまた次の様に言ったからである。
:40 「主は彼らの目を盲目にされた。また、彼らの心をかたくなにされた。それは彼が目で見、心で理解し、回心し、そしてわたしが彼らをいやす、ということがないためである。」
:41 イザヤがこう言ったのは、イザヤがイエスの栄光を見たからで、イエスをさしていったのである。
:42 しかし、それにもかかわらず指導者の中にもイエスを信じるものがたくさんいた。ただ、パリサイ人たちをはばかって、告白はしなかった。会堂から追放されないためであった。
:43 彼らは、神からの栄光よりも、人の栄誉を愛したからである。
イエス様が救い主であることを、当時のユダヤ人のみなが信じなかったわけではなかった。
ただ、信じているということができなかったのである。
人の栄誉は、魅力があるが、神様からの栄光には劣る。
ひと時の栄誉のために、永遠の栄光を失った人たちの終わりはむなしい。